パニック障害で人生右肩下がりだったけど少しずつ上がってまいりました

私自身がパニック障害でHSPです。約30年カウンセラーをしてきました。現在は退職しFIRE生活をし、自分の人生を取り戻し、自分を雑にしない練習をしています。

パニック障害、親切の安売りをしないを決断する。

 最近、人間関係を少しずつ整理している。

冷たい人間になりたいわけではない。誰とも関わりたくないわけでもない。ただ、自分を大事にしてくれない人にまで、自分の時間を差し出すのは、もうやめようと思った。

昔から、人の話を聞いてしまうところがあった。困っているのかなと思うと、つい聞いてしまう。多少しんどくても、自分が聞けば済むならいいかと思っていた。

でも、退職してからもそんなことを続けていると、ふと分からなくなる時がある。

私は、何から自由になったのだろう。

仕事を辞めたはずなのに、夜遅くに電話が鳴る。何事かと思って出てみると、お酒を飲みながら、グラスを鳴らして、ずっと職場や愚痴を言い続けてる。最初のうちは、大変なのかなと思って聞いていた。けれど何度も続くと、さすがに思う。

なんで、ここまでせなあかんのやろう。

会えば会ったで、どこか偉そうにする。それなのに、しんどい時だけこちらに話を聞かせようとする。何度も「もう遅いので切りますよ」と言っても、なかなか切らない。

ある時、思い切ってLINEで夜間の電話は迷惑だと伝えた。

今までなら言えなかったと思う。相手を傷つけるかなとか、怒らせるかなとか、そんなことばかり考えていた。でも、実際には、こちらがずっと我慢していただけだった。

その人は一度、「迷惑だったんですね。もう二度としません」と返ってきたけれど、すぐまた夜間に電話がかかってきた。

なので、先日ブロックした。

少し前の私なら、罪悪感でしばらく落ち込んでいたと思う。でも、本当に楽になった。もうあの人から電話が来るかもしれないと気にしなくていい。

その人の問題は、私の問題ではない。

そこに気づくまで、ずいぶん時間がかかった。

 

ただ、人間関係を整理するというのは、嫌な人を切ることだけではない。むしろ難しいのは、悪い人ではない相手との距離の取り方なのだと思う。

前のブログにも書いたが、看護師の知人から連絡があった。

その人は、昔から華やかな人だった。綺麗で、愛嬌があって、明るくて、少し小悪魔的で、どこへ行っても人に好かれるような人だった。

久しぶりに連絡が来た時、私は勝手に、何か明るい報告でもあるのかなと思った。

でも、そうではなかった。

乳がんで、右乳房の一部を失うような手術だったと聞いた。

医療の知識はある。治療のことも頭では分かっている。でも気持ちがついていかない。会ったら泣いてしまうかもしれない。迷惑をかけてしまうかもしれない。そんな言葉が返ってきた。

私は長く、人の話を聞く仕事をしてきた。相談を受けることも、気持ちを受け止めることも、それなりにしてきたつもりだった。

でも、こういう時に気の利いた言葉なんて簡単には出てこない。

大丈夫とは言えない。頑張っても違う。分かるなんて、もっと違う。

 

どうしてもと言われ、先週会った。

久しぶりに見るその人は、やはり綺麗だった。明るく振る舞っていたけれど、その明るさの奥に、どうしようもない不安があるようにも見えた。

その人は、「あなたが一番理解してくれた存在だった」と言ってくれた。

ありがたい言葉だった。うれしくもあった。けれど同時に、胸の奥が少し重くなった。

私の話を聞いてほしいと言われた。今度2人で旅行にも行こうと言われた。

そこには、私と親しくなりたいという気持ちも、たしかにあったと思う。それは分かった。けれど、それ以上に、今の自分を支えてほしいという気持ちが見えた気がした。

不安を聞いてほしい。寂しさを受け止めてほしい。今の自分を、どこかで支えてほしい。

もちろん、本人がそんなつもりで言っていたのかは分からない。私の受け取り方かもしれない。

でも、私は長く人の話を聞く仕事をしてきた。相手の言葉の奥にあるものを、なんとなく感じ取ってしまうことがある。

本当は、分からないふりをしたい時もある。気づかなければ、もっと楽だったのにと思うこともある。

でも、分かってしまった。

この人は、今とても寂しいのだと思う。そして私は、その寂しさを支える役として見られているのかもしれない。

そう感じた。

その人が悪いわけではない。むしろ、いい人だと思う。魅力もある。昔から仲もよかった。

正直に言えば、昔の自分なら心が揺れたかもしれない。もったいないと思わなかったと言えば嘘になる。これは冗談半分だけれど、半分は本音かもしれない。

それでも、断った。

LINEなら、できる範囲で返す。でも、旅行には行けないし、そのような関係にはなれない。

そう伝えた。

 

誰かが悪いわけではない。ただ、差し出された手を、私は握らなかった。相手の寂しさが見えた気がしたし、自分の中にも少しだけ痛みがあった。

でも、ここで握ってしまったら、私はまた昔の自分に戻る気がした。

困っている人を見たら、全部受け止める。自分を理解してくれると言われたら、期待に応えようとする。必要とされている気がして、つい相手の人生に入り込みすぎる。

そういう自分を、もう終わらせたかった。

一人の人を支えるというのは、きれいごとではない。不安を聞く。悲しみを受け止める。寂しさに付き合う。相手の気持ちが沈めば、こちらの一日も一緒に沈む。

それを私は、もう簡単に引き受けたくなかった。

親切にすることと、相手の人生を背負うことは違う。

いい人でも、支えきれない関係はある。魅力的な人でも、自分の生活を壊してまで近づかなくていい。

かわいそうだから。昔から仲がよかったから。自分を分かってくれると言ってくれたから。

それだけで自分の時間や心を差し出してしまうと、また、あの断れなかった頃の自分に戻ってしまう。

私はもう、誰かの感情を全部受け止めるために生きているわけではない。

大事にしたい人はいる。守りたい生活もある。今の自分が選んだ人間関係もある。

だから、断った。

その帰り道、少しだけ胸が痛かった。

でも、後悔とは少し違っていた。

たぶん私は、誰かを拒んだのではない。やっと、自分の側に立ったのだと思う。

親切の安売りをやめる。

それは、嫌な人を遠ざけることだけではない。いい人に対しても、少しだけ線を引くことなのだと思う。

その線の向こうで、誰かが少し寂しそうにしていても、私はもう、自分の人生まで差し出さない。

その代わり、これからは大事にしたい人を、ちゃんと大事にしたい。

気を使って疲れる時間を減らして、会いたい人に会う。行きたい場所へ行く。美味しいものを食べる。何でもない一日を、ちゃんと自分のものにする。

誰かの機嫌を気にしていた時間が減ると、思っていたより心に余白ができる。

その余白に、これから少しずつ、自分の好きなものを入れていこうと思う。

かなり辛い決断だけど。

最近は、夜の散歩に行くようにしています。

少し賑やかな道を外れると、心斎橋方面も静かなんです。

ぼーっと暗闇の街を歩くと、落ち着くことも多いですよ。

パニック障害、親切の安売りを決断する。

 最近、人間関係を少しずつ整理している。

冷たい人間になりたいわけではない。誰とも関わりたくないわけでもない。ただ、自分を大事にしてくれない人にまで、自分の時間を差し出すのは、もうやめようと思った。

昔から、人の話を聞いてしまうところがあった。困っているのかなと思うと、つい聞いてしまう。多少しんどくても、自分が聞けば済むならいいかと思っていた。

でも、退職してからもそんなことを続けていると、ふと分からなくなる時がある。

私は、何から自由になったのだろう。

仕事を辞めたはずなのに、夜遅くに電話が鳴る。何事かと思って出てみると、お酒を飲みながら、グラスを鳴らして、ずっと職場や愚痴を言い続けてる。最初のうちは、大変なのかなと思って聞いていた。けれど何度も続くと、さすがに思う。

なんで、ここまでせなあかんのやろう。

会えば会ったで、どこか偉そうにする。それなのに、しんどい時だけこちらに話を聞かせようとする。何度も「もう遅いので切りますよ」と言っても、なかなか切らない。

ある時、思い切ってLINEで夜間の電話は迷惑だと伝えた。

今までなら言えなかったと思う。相手を傷つけるかなとか、怒らせるかなとか、そんなことばかり考えていた。でも、実際には、こちらがずっと我慢していただけだった。

その人は一度、「迷惑だったんですね。もう二度としません」と返ってきたけれど、すぐまた夜間に電話がかかってきた。

なので、先日ブロックした。

少し前の私なら、罪悪感でしばらく落ち込んでいたと思う。でも、本当に楽になった。もうあの人から電話が来るかもしれないと気にしなくていい。

その人の問題は、私の問題ではない。

そこに気づくまで、ずいぶん時間がかかった。

 

ただ、人間関係を整理するというのは、嫌な人を切ることだけではない。むしろ難しいのは、悪い人ではない相手との距離の取り方なのだと思う。

前のブログにも書いたが、看護師の知人から連絡があった。

その人は、昔から華やかな人だった。綺麗で、愛嬌があって、明るくて、少し小悪魔的で、どこへ行っても人に好かれるような人だった。

久しぶりに連絡が来た時、私は勝手に、何か明るい報告でもあるのかなと思った。

でも、そうではなかった。

乳がんで、右乳房の一部を失うような手術だったと聞いた。

医療の知識はある。治療のことも頭では分かっている。でも気持ちがついていかない。会ったら泣いてしまうかもしれない。迷惑をかけてしまうかもしれない。そんな言葉が返ってきた。

私は長く、人の話を聞く仕事をしてきた。相談を受けることも、気持ちを受け止めることも、それなりにしてきたつもりだった。

でも、こういう時に気の利いた言葉なんて簡単には出てこない。

大丈夫とは言えない。頑張っても違う。分かるなんて、もっと違う。

 

どうしてもと言われ、先週会った。

久しぶりに見るその人は、やはり綺麗だった。明るく振る舞っていたけれど、その明るさの奥に、どうしようもない不安があるようにも見えた。

その人は、「あなたが一番理解してくれた存在だった」と言ってくれた。

ありがたい言葉だった。うれしくもあった。けれど同時に、胸の奥が少し重くなった。

私の話を聞いてほしいと言われた。今度2人で旅行にも行こうと言われた。

そこには、私と親しくなりたいという気持ちも、たしかにあったと思う。それは分かった。けれど、それ以上に、今の自分を支えてほしいという気持ちが見えた気がした。

不安を聞いてほしい。寂しさを受け止めてほしい。今の自分を、どこかで支えてほしい。

もちろん、本人がそんなつもりで言っていたのかは分からない。私の受け取り方かもしれない。

でも、私は長く人の話を聞く仕事をしてきた。相手の言葉の奥にあるものを、なんとなく感じ取ってしまうことがある。

本当は、分からないふりをしたい時もある。気づかなければ、もっと楽だったのにと思うこともある。

でも、分かってしまった。

この人は、今とても寂しいのだと思う。そして私は、その寂しさを支える役として見られているのかもしれない。

そう感じた。

その人が悪いわけではない。むしろ、いい人だと思う。魅力もある。昔から仲もよかった。

正直に言えば、昔の自分なら心が揺れたかもしれない。もったいないと思わなかったと言えば嘘になる。これは冗談半分だけれど、半分は本音かもしれない。

それでも、断った。

LINEなら、できる範囲で返す。でも、旅行には行けないし、そのような関係にはなれない。

そう伝えた。

その時の空気は、少しだけ失恋に似ていた。

誰かが悪いわけではない。ただ、差し出された手を、私は握らなかった。相手の寂しさが見えた気がしたし、自分の中にも少しだけ痛みがあった。

でも、ここで握ってしまったら、私はまた昔の自分に戻る気がした。

困っている人を見たら、全部受け止める。自分を理解してくれると言われたら、期待に応えようとする。必要とされている気がして、つい相手の人生に入り込みすぎる。

そういう自分を、もう終わらせたかった。

一人の人を支えるというのは、きれいごとではない。不安を聞く。悲しみを受け止める。寂しさに付き合う。相手の気持ちが沈めば、こちらの一日も一緒に沈む。

それを私は、もう簡単に引き受けたくなかった。

親切にすることと、相手の人生を背負うことは違う。

いい人でも、支えきれない関係はある。魅力的な人でも、自分の生活を壊してまで近づかなくていい。

かわいそうだから。昔から仲がよかったから。自分を分かってくれると言ってくれたから。

それだけで自分の時間や心を差し出してしまうと、また、あの断れなかった頃の自分に戻ってしまう。

私はもう、誰かの感情を全部受け止めるために生きているわけではない。

大事にしたい人はいる。守りたい生活もある。今の自分が選んだ人間関係もある。

だから、断った。

その帰り道、少しだけ胸が痛かった。

でも、後悔とは少し違っていた。

たぶん私は、誰かを拒んだのではない。やっと、自分の側に立ったのだと思う。

親切の安売りをやめる。

それは、嫌な人を遠ざけることだけではない。いい人に対しても、少しだけ線を引くことなのだと思う。

その線の向こうで、誰かが少し寂しそうにしていても、私はもう、自分の人生まで差し出さない。

その代わり、これからは大事にしたい人を、ちゃんと大事にしたい。

気を使って疲れる時間を減らして、会いたい人に会う。行きたい場所へ行く。美味しいものを食べる。何でもない一日を、ちゃんと自分のものにする。

誰かの機嫌を気にしていた時間が減ると、思っていたより心に余白ができる。

その余白に、これから少しずつ、自分の好きなものを入れていこうと思う。

かなり辛い決断だけど。

最近は、夜の散歩に行くようにしています。

少し賑やかな道を外れると、心斎橋方面も静かなんです。

ぼーっと暗闇の街を歩くと、落ち着くことも多いですよ。

パニック障害、FIREを理解してもらうのは難しい?

以前、ブログで書いたことがある。

退職してFIRE生活に入ったあと、なぜか私が連絡先を教えていないはずの、以前の職場関係の看護師さんから連絡があった。

内容は、FIREについて教えてほしいと、綺麗で若い女性2人を連れてきて、結局、お金のある人との繋がりを求めていただけだったと言う内容である。

そのときは、

「え、なんで知ってるの?」と思った。そいつも結局誰に聞いたと言ってくれなかったし。

 

私は、FIREしたことをあちこちに言いふらしていたわけではない。

むしろ、本当に信頼している人数人にしか伝えていなかった。

だからずっと、

「何で私のFIREが広がっているのだろう???」と思っていた。

それが最近、ようやくわかった。

 

犯人は、私の恩師(女性医師)だった。

先日、製薬会社の方から連絡があった。「カウンセラーの仕事をお願いできないか」という求人のような話だった。ありがたい話ではある。

ただ、そもそもなぜ私の連絡先を知っているのか。

そこを聞いてみると、どうやら恩師から頼まれたらしい。

私が仕事を辞めたことを心配して、「あの子に、何か仕事を紹介してあげられないか」

という感じで、病院関係の人や製薬会社の人に話していたようだった。

 

「あなただったのですかー」と思った。

いや、悪い人ではない。むしろ、ものすごくいい人である。

昔から私のことをとても可愛がってくれていて、子どもがいないこともあって、私のことを息子のように思ってくれていたところがある。

ご飯にもよく連れて行ってくれた。

ただ、この先生は、そういうところが少し抜けている。

個人情報とか、本人があまり広めたくない話とか、そういうことの重さが、あまりピンときていない。

しかも、お医者さんという立場なのにである。

たぶん、院内で「先生、それは個人情報なので言わない方がいいですよ」と、きつく注意する人はなかなかいなかったのだと思う。

先生本人も悪気はない。周りも先生には注意しにくい。まして心配しての相談である。

その結果、私のFIREの話が、少しずつ広がっていったのだと思う。

どうしようもないですね。本当にどうしようもない。

けど、憎めない。今は、そんなに心配してくれていたのかと感謝している。

 

製薬会社の方にも気を遣わせてしまったと思う。今の私は働くつもりもなかったので、お断りした。本当に申し訳ない。

その後、恩師に連絡した。「退職前にも言ったけど、FIREの事は言わないでほしい」

すると、

「ああ、そうだったの。リタイアでバイトを週1回と言っていたから生活できないかと思ったのよ」

という感じだった。何度も説明したつもりだったけれども、私の説明不足だった。どうやらFIRE(リタイア)を、引退と理解していたようである。

 

FIREという生き方は、まだまだ人には伝わりにくい。不労所得があると言ってもピンと来ない。

「働かずに暮らしています」と言うと、どうしても心配される。特に年配者には「無職!大変!」とおもうようである。

特に、昔から自分を知っている人ほど、余計に心配してしまうのかもしれない。

結局、恩師には詳しく説明するより、「仕事は何とかなりました」というような形で嘘を伝えた。

すると安心したようで、

「それはよかったわ。またご飯に行きましょう。お肉?お魚?どっちが良い?」

という話になった。

まあ、それでいいかと思った。

今回、誰から広がっていたのかがわかったので、これ以上大きく広がっていくことはないと思う。

FIREは、お金の計算だけではなく、人にどう伝えるかも難しい。

心配してくれる人がいるのはありがたい。

でも、ありがたい心配が、たまに思わぬ方向に走ることもある。

ほんま、どうしようもない。

でも、まあ、恩師らしいなとも思った。あー今日も平和だなー。

この猛暑、ソフトクリームの食べ歩きをしていますが、大阪のソフトクリームはマズイ。何か加工品の味がするのです。

北海道のソフトクリームがなぜ大阪で再現できないのか。冷凍技術で何とでもなると思うのですが。

 

パニック障害、もう二度と会えない人たち

最近、ふと昔の知り合いに会いたくなることがあります。

本当に突然です。

幼稚園の頃によく遊んでいた男の子や女の子、小学校の頃に近所の公園で遊んでいた友達、高校時代に合宿でしょうもない話をして笑っていた友達。

ものすごく勉強ができた人もいたし、皆でバク転をしたり。中にはバク宙ができる奴もいたりして、子どもの頃の私にはちょっとしたヒーローみたいに見えていた人もいました。

別に何か用事があるわけではありません。

ただ突然、

「あの人は、今どうしてるんやろ」

と思うのです。

ずっと同じ地元に住んでいれば、スーパーなんかで偶然会ったり、共通の知り合いから「あの人、今こんなんやで」と聞いたりすることもあったのかもしれません。

私は昔住んでいたところから離れて暮らしているので、今住んでいる近所には昔からの知り合いはほとんどいません。

もちろん今でも会う友達はいます。

でも、人生のある時期には毎日のように顔を合わせて、一緒に笑ったり遊んだりしていたのに、最後に会ったのがいつだったのかさえ思い出せない人もたくさんいます。

考えてみれば、不思議なものです。

あれだけ毎日一緒にいた人と、ある日を境に一度も会わなくなる。

しかも、その「ある日」に、

「これがこの人と会う最後の日です」

なんて誰も教えてくれません。

最近、高校時代にお世話になった先輩が突然亡くなりました。

もう一度くらい会うこともあるだろうと、どこかで普通に思っていました。

でも、もう会うことはできません。

そのことがあってからなのか、昔出会った人たちのことを以前より思い出すようになりました。

仕事で関わった人たちの中にも、もう二度と会うことのない人がたくさんいます。

元気にしているのかな。

今頃どうしているのかな。

そんなことを考えていると、ときどき自分でも不思議なくらい、会いたくなります。

そして最近は、このブログで知り合った人たちについても、そんなことを考えます。

実際には一度も会ったことがないのに、落ち込んでいる時にコメントで慰めてもらったり、勇気づけてもらったり、誰かの書いた文章を読んで気持ちが楽になったことも何度もありました。

顔も知らない。

本名も知らない。

どこに住んでいるのかさえ知らない人もいる。

それなのに長くブログを続けていると、不思議なもので、いつの間にか身近な人のように感じていることがあります。

そんな人たちとも、このまま一度も会わないままなのかな、とふと思うことがあります。

もちろん、昔の知り合い全員に会いたいわけではありません。

もう二度と会わなくても全然困らない人もいます。なんならシバいてやりたい奴も沢山います。

それでも、会いたいと思う人には、会えるうちに一度くらい会っておいた方がいいのかな、と最近少し思います。

昔の友達も、仕事で出会った人も、そしてブログで知り合った人も。

みんな今、どこで、何をしているんでしょうね。

もう二度と会えない人もいるのでしょう。

でも、まだ会える人もいる。

人との別れは、「これが最後です」と教えてくれません。

いつものように手を振って別れたその日が、最後になることもあります。

そう思うと、切なくて。切なくて。もう会えないのかと本当に悲しい気持ちになるのです。

だから最近、会いたいと思った人には、会えるうちに会っておきたいなと思うようになりました。

何か特別な話をしたいわけではありません。

昔みたいに少し笑って、

「元気やった?」

と言えれば、それでいい。

人生のどこかで出会って、いつの間にか離れていった人たち。

もし、もう一度だけ人生が交差する日があるのなら。

その時はちゃんと、「会えてよかった」と伝えたいです。

気分転換に近くのカフェに行きました。ただ、ここは地下なので落ち着かないです。

パニック障害、生のJENNIEとAdoを見に行く。

旅行を詰め込みすぎた。本当に反省した。

 

「ちょっとこれは疲れたな」と思い、8月、9月に予定していた旅行はいったんキャンセル。

 

家でダラダラすることにした。

 

……が、今度はダラダラしすぎた(笑)。

 

ということで最近、週1回くらいのペースでライブに行っている。

 

曲をよく知っている人だけではない。

 

「名前は知っている」

「昔聴いていた」

「せっかくだから一度見てみたい」

 

そのくらいでも、とりあえず申し込む。

 

なぜなら、昔の僕にはライブなんてとても行けなかったからだ。

 

パニック障害になってから、「すぐに逃げられない場所」がとにかく怖かった。

 

映画館では、始まって2分ほどで強烈なめまいに襲われ、平衡感覚を失い、四つん這いになって外へ出たことまである。

 

決められた椅子に座り続ける。

人がたくさんいるところに入る。

 

逃げられない場所。

 

本当に怖かった。今も怖い。

 

そんな僕が、50代になった今、この一カ月、ライブに行っている。

 

大阪では岡村靖幸、ORIGINAL LOVE。

 

30年ほど前、好きでよく聴いていた。

 

30年経てば、歌う側も聴く側も当然年を取る(笑)。

 

昔の格好良さとはまた違う雰囲気になっていたけれど、声はやっぱり素晴らしかった。

 

神戸ではサンボマスター。

 

実は僕、曲を2曲くらいしか知らなかった。

 

退職前に友人から、これを聴きながら職場に行くといいですよリストに、サンボマスターの「輝きだして走っていく」という曲が入っており、この曲だけ生で聴きたいなと思ったらから。

 

しかも恥ずかしながら、サンボマスターのボーカルが、ずっとお笑い芸人のWエンジンの「チャンカワイ」という人が歌っているのだと思っていた。顔似てるから。

 

全然違った(笑)。

 

でもライブはものすごく熱かった。

 

ファンの熱量もすごい。

 

「これ、曲を全部知ってたら最高に楽しいやろなあ」と思った。

 

 

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そして昨日は、大阪SUMMER SONICへ。

 

野外ライブなので、パニックよりむしろ熱中症が怖い。

 

全くの初めてなので、奮発してプラチナチケットにした。専用のトイレやラウンジや、各会場の前方にプラチナ専用エリアがあり、そこで見れるからである。

 

しかし、朝から行く元気はなかった。暑いし。

 

散々迷った末、夕方前になってようやく重い腰を上げた。

 

 

 

ところが行ってみたら、これが楽しかった。

 

BLACK PINKのJENNIEはプラチナエリアの最前列から。

 

JENNIEなんて、普通ならこんな近くでは見られない距離らしい。撮影もできた。

 

ダンスがすごくて、綺麗かったなあ。

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昔好きだった電気グルーヴは、開始10分前なのにプラチナエリアにほとんど人がいない。

 

気がつけば僕が最前列。すぐそこで、ピエール瀧がこちらを指さし、ニヤニヤしながら奇妙なダンスを踊っていた。

 

映画やドラマでは渋い役をたくさん見てきたけれど、

 

「ただの腹の出た中年のおっさんやん!」でも平和で楽しい空間だった。

 

そしてAdo。もちろん撮影はNG。双眼鏡も駄目だと放送があった。

 

僕はAdoのこともそれほど知らず、数日前から慌てて曲を聴いた。

 

ドカーンと登場したのに、檻のようなものの中で歌っている。

 

「なんじゃこりゃ?影絵みたい。こんなのなら、前で見る意味なかったな。」

 

と思ったけれど、歌い始めたらすごかった。

 

叫ぶ。がなる。歌う。「こんなん喉潰れるで……そんなに一生懸命に声を出さなくてもいいよ」と心配になるくらい、一生懸命に全力で最後まで続ける。

 

途中檻から出たAdoは、右へ左へ舞台を移動。顔は見そうで見えない。

 

衣装は、全身黒のメタリックにサンバイザーだと思う。マトリックスみたい。

 

本当に顔など見られたくない?演出?うーん。彼女の葛藤や真意等、カウンセリングしたい。

 

生身のAdoは、本当に小さくて、ツインテール。ちょこちょこちょこちょこ踊り可愛い。

特に「アイ.アイ.ア」は可愛いかった。なんか、お父さん目線で見てしまう。

 

テレビなどでは、そんなように全く見えなかった。もっと大きくて、傲慢なイメージだった。だって、「うっせぇわ」のイメージしかなかったから。

でも、そんなことは全くなく、最後アンコールしたあと、三つ指ついて頭下げてた。

 

知らない曲が流れたとき、ふと我に返った。

 

僕、普通にライブに来てるやん。

 

 

普通のことが、僕には長い間できなかった。

 

もう少し若い時にパニック障害を克服できていたらなあ、と思うことはある。

 

でも、今さらそれを言っても仕方がない。

 

50を過ぎてからでも、取り戻せるものは取り戻したらいい。

 

 

ただ、一つだけ今の僕にないものがある。

 

「推し」だ。

 

元職場の若い子たちは、好きなアーティストを追いかけてタイまで行くという。

 

日本全国どこへでも行く。

 

以前、嵐のライブにも行ったけれど(付き添い)、ファンの熱量は本当にすごかった。

 

あの熱量が、僕はちょっと羨ましい。

 

僕にもこれから、そんな「推し」ができるんだろうか。

 

とりあえず次のライブからは、もうちょっと曲を予習して行こう(笑)。

 

8月、9月は旅行を減らして、家でまったりする時間、ライブに行く時間、人と会う時間を楽しもうと思う。

 

そしてサマソニは、来年も行きたい。

 

出演者にもよるけど(笑)。

 

皆さんには「推し」がいますか?

 

「これだけは絶対に欠かさない」という楽しみはありますか?

 

50代になった僕は、今からそれを探してみようと思っています。

パニック障害、旅だけでは日常を取り戻せない。

退職してからしばらくは、とにかく予定を入れていた。

旅行に行く。ライブに行く。人に会う。行きたかった場所へ行く。

せっかくFIREしたのだから、今までできなかったことをしなければ。自分の人生を取り戻さなければ。そんな気持ちが強かったのだと思う。

もちろん、旅行は楽しかった。

石垣、竹富島、韓国、北海道。景色が素晴らしく、食べ物も美味しかった。

ただ最近、少し気持ちが変わってきた。

暑くなったこともあり、旅行の予定を控えることにした。人との約束以外は、できるだけ予定を入れないようにした。すると、思った以上に体がゆるんできた。

 

一番驚いたのは、とにかくよく眠れるようになったことだ。

仕事をしていた頃は、朝7時過ぎに起きるのが体に染みついていた。50歳を過ぎると眠れなくなるとも聞いていた。実際、私も朝になると目が覚めて、そのまま眠れなくなることが多かった。

それなのに最近は、夜中に起きることが少なくなり、朝も目覚ましをかけても起きられないくらい眠れる日が多くある。今日も起きたのは10時だった。

エアコンの効いた部屋で、布団の中をコロコロする。

まるで小学生の夏休みに戻ったような気分になる。

 

どこにも行かなくていい。

お腹が空いていなければ、無理にモーニングへ行かなくてもいい。

昼に残り物を食べて、あとでコーヒーだけ飲みに行ってもいい。

最近になって、少し遊び心のようなものが戻ってきた気がする。

昔なら、休日でも何か意味のあることをしないといけないような気がしていた。

でも今は、くだらない一日を過ごしてもいいのではないかと思う。

中学生の頃みたいに、24時間耐久でドラゴンクエストをやる。信長の野望を一日中やり続ける。

話題になっていたけれど、見ていなかったアニメを、今さら全部見ていく。

そういう一日があっても、別にいいのではないかと思う。

今は、京都アニメーションの作品で、見ていなかったものを少しずつ見ている。

古いアニメから順番に。最近は『らき☆すた』というアニメを見ている。

びっくりするくらいほのぼのしすぎて、思わず笑ってしまう。24話もある。

50歳を過ぎたおっさんが、昼間から永遠と、こんなにほのぼのしたアニメを見て、笑っている。

自分でも少しおかしい。

でも、そういう時間が妙に心地いい。

 

FIREしたら、旅行に行っている時間こそが一番自由なのだと思っていた。

でも、今は少し違うように感じている。

旅は大切だ。

見たい景色を見ることも大切だ。でも、旅だけでは日常は取り戻せない。

予定を詰めすぎると、自由なはずなのに、また何かに追われているような気持ちになる。

せっかく仕事を辞めたのに、今度は「楽しむ予定」に追いかけられてしまう。

 

ZOUさんが、旅を詰め込みすぎないようにと何度もコメントくださっていた意味がやっとわかりました。

 

カフェでお茶を飲みながら、窓の外を見る。すると、暑い日差しが雲に隠れ、また顔を出す。

その瞬間、ビルも道も人も、少しだけ輝いて見える。たぶん、みんなは気づいていない。

でも私は、その一瞬を見て、きれいだなと思う。

そういう時間が、最近はめちゃめちゃ大事に思える。

 

朝ゆっくり眠って、部屋でコロコロして、昔のアニメを見て、少し笑って、コーヒーだけ飲みに外へ出る。

そんな一日でも、十分に自分の人生を取り戻しているのかもしれない。

旅に出る自由もある。

旅に出ない自由もある。

この夏は、無理にどこかへ行かなくてもいい。

涼しい部屋で、くだらないことをして、窓の外の光を見ているだけでもいい。

それもまた、FIREして手に入れた、私の大事な時間なのだと思う。

パニック障害、ザマアについて考える。

 この間、元職場の飲み会に誘われた。

最初は断っていた。もう辞めた職場やし、今さら行ってもしゃあない。そう思っていた。でも、正直なところ、少し気になってしまった。私が辞めた後、職場はどうなっているのか。みんな大変なのか。誰かが「いなくなって大変なんですよ」とでも言ってくれないかな。そんな、しょうもない期待も少しあった。

情けないけれど、人間なんてそんなものかもしれない。完全に悟った人間みたいに、元職場のことをきれいさっぱり忘れられるわけでもない。結局、私はついつい飲み会に行ってしまった。

 最初の数分は、私の近況を聞かれた。退職してからどうしているのか、毎日何をしているのか。そんな話を少しした。けれど、やはり話題はすぐに職場の愚痴になった。あの人がどうだ、この人がどうだ、職場は相変わらずだ。まあ、そうなるだろうなとは思っていた。

その中で、かつて私を追い込んだ人の家族の話が出た。その人の子どもは高校球児らしい。かなり大事な場面まで進んでいたようだが、勝負どころで活躍できず、結果的にチャンスを逃してしまったらしい。

それを聞いた数人が、一斉に「本当、ざまぁーー」と言って笑った。さらに、「家では葬式みたいな空気だったでしょうね」とか、「部員からも正直、恨まれているかもしれませんね」というような話になり、みんなで大笑いしていた。

 私も、その場で声に出しては言わなかった。でも正直、心のどこかで「ああ、ざまぁやな」と思ってしまった。

 その人のことは、今でも許せない。表面的には人を助ける仕事をしているような顔をしながら、人を落とし入れたり、患者さんのことを馬鹿にしたり、上にはうまく取り入ったりする人だった。最初は私に教えを乞うような態度を取っていたのに、途中から急に立場をひっくり返すようなこともあった。

私が外部の講演会や勉強会に参加していたことに対して、「宣伝効果もないようなことはやめるべきだ」と言われたこともある。今思い出しても、なかなか腹が立つ。

 だから、その人本人に何かがあったなら、たぶん私はもっと分かりやすく、何の迷いもなく「ざまぁ」と思ったのかもしれない。でも今回は違う。うまくいかなかったのは、その人本人ではない。その子どもである。

 その子には、私との因縁など何もない。親がどういう人間かなんて、その子には関係ない。きっと、その子なりに努力してきたのだと思う。高校球児として毎日練習して、レギュラーになるまでにも、いろいろな苦労があったのだと思う。

それなのに私は、その話を聞いた時、心のどこかで「ざまぁ」と思ってしまった。

 いい人ぶるつもりはない。私はそんなに立派な人間ではない。自分を追い込んだ人間を、簡単に許せるほど人間ができているわけでもない。

それでも、その人ではない誰かの失敗まで喜んでしまった自分には、少し戸惑った。なんというか、「ああ、私も所詮こんなもんなんやな」と思った。

 人間の中には、きれいな感情ばかりではない。怒りもあるし、恨みもあるし、黒い気持ちもある。そして私は、確かにその場で「ざまぁ」と思ってしまった。それをなかったことにはできない。

元職場の飲み会に行ったら、「いなくなって大変です」みたいなことを少し期待していた自分がいて、結局は職場の愚痴を聞き、さらに自分の中の黒い感情まで見てしまった。

 

何をしに行ったんだろうと思う。

 

でもまあ、こういう自分も含めて、自分なんだろう。そんなことを、飲み会のあとに少し考えていた。

食べ物は美味しかったのですが...

気分転換にどこかに行きたいなー。