ここ数日、ほとんど何もできなかった。
胃腸の調子が悪くなり、楽しみにしていた旅行も取りやめた。食欲もなく、ただ部屋で横になっている時間が続いた。
せっかくFIREして自由な時間を手に入れたのに、なぜこんなことになったのか。
きっかけは、両親の貯金がゼロだと知ったことだった。
私の実家は、決して貧しい家庭ではなかった。父は会社を経営し、母は専業主婦。父の収入は、今考えても驚くほどの金額だった。
だから、両親に貯金がないなど想像したこともなかった。
少し前、実家のエアコンを買い替えることになった。ところが、注文した商品が届かない。私が問い合わせると、ローンの審査に通らなかったという。
「ローン? なんで?」
金利手数料が無料でも、現金で買えばいいのに。私はそんなふうに笑っていた。
ところが、海外から帰国した姉が現金一括で購入しますからすぐに取り付けてくれと連絡した際、母は「そんなお金はない」と言っていると連絡があった。
そして家族で集まった日、初めて知った。
両親の貯金は、本当にゼロだった。
「いったい、何に使ったん?」
母は、普通に生活していたらなくなったと言う。父も、あれだけ稼いでいたのにどうしてお金がないのかと驚いていた。
母はとてもおおらかな人だ。人の悪口を言わず、私が知る中でも本当に穏やかな人だと思う。
ただ、その穏やかさの裏に、買い物などでストレスを解消する一面があったのだろうか。あるいは、長年信仰してきた宗教への献金があったのだろうか。
どちらも確証はない。
ただ、子どもの頃、決して裕福ではない人が多額の献金をしたと報告し、周囲から大きな拍手を受けていた光景を今でも覚えている。
当時の私は、そんなお金があるなら、まず自分の家を直したらいいのにと思っていた。
もっとも、今さら原因を追及したところで、お金が戻ってくるわけではない。
問題はこれからだ。
実家は、昔から借りている土地に建つ古い家だ。将来、家を解体して土地を返す必要があると、家族では何十年も前から考えていた。
それに加えて、葬儀や介護にもお金がかかる。
ひとまず500万円ほどを目安に準備しようという話になり、家族で相談して、月1万円ずつでも積み立てを始めることにした。
私は以前、相談員として、人の悩みを聞き、生活やお金の問題を整理する仕事をしていた。少しずつ自分の問題に向き合い、生活を立て直していく人たちも見てきた。
だからこそ、親であっても、自分たちの問題として向き合ってほしいと思った。
FIREした私には、500万円を支払うだけの蓄えはある。それなら払ってしまえばいい。そう考えることもできる。
家族にFIREしたことは言っていない。精神的に辛くて退職した。でもバイトで十分やっていける収入はあるとだけ。
でも、私が怖かったのは、500万円という金額ではなかった。
「これから両親の掛かるお金は、すべて私ののFIREから出さねばならない。努力や、我慢でためたお金を。私の問題でもないのになぜ?」
その思いが、昔の記憶を一気によみがえらせた。
かつて私は、自分の意思だけではどうにもならないお金の問題を抱え、返済のために何年も働き続けた。
お金がないこと自体もつらい。
でも、それ以上につらかったのは、返済するために、心身が限界でも嫌な環境で働き続けなければならなかったことだ。
精神的に追い詰められようが、体調を崩そうが、請求は待ってくれない。
パニック障害になっても、返済がなくなるわけではなかった。思い出したくない嫌な思い出。
ようやくその生活を抜け出し、長い時間をかけてお金を貯め、FIREすることができた。
今はありがたいことに、無理のない条件で仕事もできている。その収入で旅行に行ったり、今までできなかったことを楽しんだり。
ようやく、自分のために生きられるようになった。
だからこそ、今後の費用が高額になればなるほど、FIREの貯蓄が減る。また働かなければならなくなるかも。その時間をまた失うことが怖い。
親を見捨てたいわけではない。家族だから助けたい気持ちもある。
でも、助けられる人がいるから何とかなる、という考え方だけは違うと思う。
実際に母は「私らはこの宗教で守られているだからなんとかなるでしょ」と言っていた。全く根拠のない発言。
だから私は宗教の考えは取り入れるが、都合の良い叶うということは、一切信じていない。
今回、私がお金で解決すれば母は「ほら、私たちは守られている」と言うのだろう。私の努力は一切関係がないのだ。
カウンセラー時代に一番困難であったのは、宗教絡みの精神疾患者であった。その事はまた機会があればブログに載せたい。
でも、今度こそ、自分の人生も大切にしたい。
今回、胃腸の不調が再び強くなり、食事もほとんど喉を通らなくなった。
あの頃の苦しさは、もう終わったはずだった。
ところが、お金の問題をきっかけに、当時の恐怖がこんなにも鮮明によみがえるとは思わなかった。
人間の心というのは、本当に不思議なものだ。
この数日、皆さんのブログにもほとんどお邪魔できていない。
今日もまだ、文章を読んで頭に入れる力がなかなか戻ってこない。
それでも、今の気持ちを少しずつ言葉にすることはできた。
だから今日は、久しぶりにこうして書いている。
せっかく手に入れた自由な人生。
過去の苦しさに、もう一度奪われたくない。
お金の問題は、これから家族で一つずつ考えていけばいい。
今度こそ、自分一人ですべてを背負わなくてもいい。
そう自分に言い聞かせながら、また少しずつ、いつもの生活に戻っていきたいと思う。

気分転換にと、いつものうどんを食べに行きましたが、過去の記憶が蘇り、味はしませんでした。













