少し前、母と二人で愛媛へ行った。母が学生時代まで過ごした町で、僕は一度も行ったことがない場所だった。
初めて訪れる町なのだから、見るものすべてが初めてのはずなのに、不思議なことに着いてしばらくすると、どこか懐かしい感じがした。
小さな港があって、漁船が何隻も並んでいる。潮の匂いがして、昔からそこにあるような家々が続いていた。夕方になると海の向こうに太陽がゆっくり沈んでいき、水面がオレンジ色に光った。その景色を眺めながら、「母は、これを見て育ったんやなー」と思った。僕は初めて来たはずなのに、なぜか昔ここに来たことがあるような気がした。
母は結婚して大阪へ出てきた。親族もみんな大阪へ移っていたこともあり、それから故郷へ帰ることはなかったらしい。そんな母も、もう80歳を過ぎた。
以前から、母には学生時代からの親友がいるという話を聞いていた。今でも手紙を書いたり電話をしたりしているというので、あるとき何気なく「最後に会ったん、いつなん?」と聞いてみた。すると「もう60年くらいになる」と言う。
60年!さすがに驚いた。そんなに長い間会っていないのに、今でも親友なんやと思った。
僕は仕事を辞めて、今は時間だけはある。まだ元気な母だけど、行くなら本当に今しかないと思った。
そして、「ほんなら、愛媛に一緒に行こう」と言った。母と2人旅。物凄く小っ恥ずかしいけど。行くなら今しかないと思った。大阪から愛媛へ行って、ホテルを取って、母を連れて行けばいい。
ところが母は、最初はあまり本気にしていなかった。父を置いて行けない、今さら愛媛なんて、そんなことが本当にできるのか。どうも自分が故郷へ帰れるということ自体が、あまり現実的なことに思えなかったようだった。
ちょうど姉が帰ってきていたので父のことをお願いすると、快く引き受けてくれた。そうして本当に愛媛へ行くことになった。それでも母は出発するまで、どこか「ほんまに行くん?」というような顔をしていた。
愛媛では、親友の娘さんが車で迎えに来てくれた。60年ぶりの再会なのだから二人だけでゆっくり話した方がいいだろうと思ったのだが、母が僕にも一緒にいてほしいと言うので、三人で喫茶店に入った。

そこで僕は、自分の知らない母の話をたくさん聞くことになった。
僕の知っている母は、おとなしい人だ。もともとお嬢様育ちだったこともあって、若い頃もきっと静かな女の子だったのだろうと勝手に思っていた。ところが親友の話を聞いていると、どうも違う。海を渡ろうとしたので止めたとか、それでも海に飛び込んで水泳部の友人に助けられたとか、そんな話が次々に出てくる。「え? え?」と思わず聞き返した。しかも合気道の上段者だったという話まで出てきた。
僕の知っている母とは、ずいぶん違った。
二人は昔の話をしながら楽しそうに笑っていた。その姿を見ているうちに、当たり前のことなのだけれど、僕は初めて気づいたような気がした。
僕のお母さんになる前にも、母には母の人生があったのだ。
友達と遊んで、笑って、ときには無茶をして、海に飛び込んでいた女の子の時代があった。僕はその頃の母を知らない。でも目の前にいる親友は、その頃の母を知っている。それがなんだか、とても不思議だった。
もう一つ、すごく印象に残ったことがある。60年ぶりの再会なのだから、二人は時間を惜しむようにずっとしゃべり続けるのだろうと思っていた。でも、そうでもなかった。
途中で話が止まり、二人とも黙っている時間があった。最初は僕の方が「あれ?」と思った。でも二人を見ると、まったく気まずそうではない。お茶を飲んだり、窓の外を眺めたりしながら、ただ静かに座っている。その沈黙が、むしろとても心地よさそうだった。
60年間会っていなかったのに、何もしゃべらなくても大丈夫だった。
親友って、こういうものなのかもしれない。
横で見ながら、ちょっと羨ましかった。
二泊の間に、母が昔通っていた学校にも行った。母が好きだった場所にも行った。そして、母が生まれ育った家にも行った。驚いたことに、その家はまだ残っていた。

家の前に母を立たせて写真を撮った。80歳を過ぎた母が、自分が子どもの頃に暮らしていた家の前に立っている。僕にはその時間の長さがうまく想像できなかった。でも写真を撮りながら、今そこにいる母と、何十年も前にそこから学校へ通っていた女の子が、一瞬重なって見えるような気がした。
夕方には海へ行った。漁船が並ぶ港の向こうへ夕日がゆっくり沈んでいった。母が何を思っていたのかは聞かなかったし、僕も特に何も言わなかった。ただ二人で海を眺めていた。
母にとっては、昔から知っている景色。僕にとっては、初めて見る景色。それなのに、僕にもなぜか懐かしかった。
なんでなんなんやろう。
今でもよく分からない。
でも、母が何十年も心の中に持っていた景色を一緒に見ているうちに、それが少しだけ僕の景色にもなったような気がした。

大阪へ帰ってから、親友と一緒に撮った写真を大きく引き伸ばして母に渡した。母は今でもその写真をよく眺めている。そして「本当に行ったのね。信じられない。これ見てたら幸せになるのよ」と言ってくれた。
たった二泊の旅行だった。僕からすれば、大阪から愛媛へ母を連れて行っただけ、と言えばそれだけのことだ。でも母にとっては、60年という時間を越えて帰った旅だったのかもしれない。
結婚して大阪へ来て、妻になり、母になって、ずっと家族と暮らしてきた。その間、あの港も、あの海も、生まれ育った家も、親友も、ずっと遠いところにあった。
僕はただ「行けるんやったら、今しかないやん」と思っただけだった。それを母は何度も「夢みたいや」と言った。
母と二人で旅行するなんて、僕自身もこれまで考えたことがなかった。でも行ってよかった。本当にそう思う。そして何より、間に合ってよかったと思う。
「いつか行こう」「いつか会おう」「いつか帰ろう」。
そういう「いつか」は、いつまでも残っているような気がする。でも本当は、そうじゃないのだろう。だからといって焦って何でもやらなくていい。ただ、目の前に今なら叶えられる「いつか」があるのなら、一つくらい今日に変えてみてもいいのかもしれない。
今回、僕は母を故郷へ連れて行ったつもりだった。
でも帰ってきてから考えると、少し違ったのかもしれない。
あの旅で僕は、海に飛び込んだり、友達と笑ったりしていた、まだ「お母さん」ではなかった頃の母に、少しだけ会えた。
そして、一度も行ったことがなかった母の故郷は、今では僕にとっても、少しだけ懐かしい場所になっている。








