人生の残り時間がどれくらいあるのかは分からない。でも最近、一つだけ分かったことがある。
元気に動ける時間は、人生そのものより、たぶん少し短い。
だから、この1、2年を「人生の実験期間」にしてみようと思う。
会社を辞めてから半年、いろんなところへ行った。
退職してすぐには調子に乗って、石垣島と竹富島に9日間も滞在した。美味しいものを食べ続けた結果、胃が疲れて旅行の後半はまさかの絶食生活。おまけにホームシックまで発症した。
「長く旅をすれば、その分だけ幸せ」という仮説は、沖縄の青い海を前にして、あっさり棄却された。
北海道では、美味しいものを食べて順調だった。肉離れになるまでは、、、、。
旅先で足をやってしまうと、美味しいものが目の前にあろうが、絶景が待っていようが、歩けないものは歩けない。
北海道まで行って得た研究成果は、「人間、足が動かないと旅も動かない」であった。
笑い話みたいだけれど、これは結構大きな発見だった。「いつか行こう」の“いつか”には、自分が元気であるという条件がついている。
逆に、尾道の友達のところへ行った時は、ほとんど観光をしなかった。食べて、しゃべって、寝る。それだけなのにめちゃくちゃ楽しかった。
家で何もしないでテレビを見る生活も試した。最高だった。でも3日ほどで飽きた。
平日のランチもいろいろ開拓した。これも楽しい。でも外食は続けば飽きた。
難儀なことに、どうやら僕は、自由になれば永遠に楽しいというほど単純にはできていないようだ。
50歳を過ぎても、自分が何をしている時に一番心地いいのか、実は全然わかっていない。
でも、だったら調べてみればいいじゃないか。
いまおもいつくことでも、陶芸、乗馬、料理教室等もやりたいな。行ったことのない場所へ行って、知らないものを食べる。何もしない日も作る。写真を一冊の本にしたり、記録を残したりするのも実験の一つだ。
「最高だった」も、「二度とせん」も、どちらも立派な研究結果である。
僕は決して行動力のある人間ではない。むしろかなりのビビりで、失敗するくらいなら、やらない方を選んできたことも多い。
それでも人生を振り返ると、失敗した記憶より「あの時やっておけばよかった」と思うことの方が残っている。
もちろん、前を向けない時に無理に向く必要なんてない。
立ち止まる時間も、過去を何度も振り返る時間も、人には必要なのだと思う。
僕にも、そういう時間があった。
ただ僕の場合は、もう十分。散々に悩み、苦しんだ。
過去を考えて今日を終えるより、まだ何も書かれていない明日のことを考えて今日を終えたい。
ようやく、そう思えるようになった。
この1、2年で人生の正解を見つけるつもりはない。たぶん、そんなものは最後まで分からない。
失敗したら、データが一つ増えるだけである。疲れたら休むし、面白ければ、絶対にもう一度やる。
それくらいでいい。
人生には、お金より先に使えなくなるものがある。
元気な自分だ。
だから、動けるうちに、まだ知らない自分に会いに行こうと思う。人生は、過去を読み返すためだけに残された本ではない。
まだ白いページが、ずいぶん残っている。そこに何を書くのかは、まだ知らない。
知らないということを、今は少し贅沢だと思っている。

心斎橋にできた有名なジェラートの店。濃厚アイスと無花果。
しかし、北海道のソフトクリームには敵わないです。早く北海道に行きたいなー。








