パニック障害で人生右肩下がりだったけど少しずつ上がってまいりました

私自身がパニック障害でHSPです。約30年カウンセラーをしてきました。現在は退職しFIRE生活をし、自分の人生を取り戻し、自分を雑にしない練習をしています。

パニック障害、ちいかわの映画を見て何度も死体を発見した過去を思い出す。

この間、ちいかわの映画を見に行った。

「人魚の島の秘密」

ちいかわは、見た目だけならとても可愛い。

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普通に見れば、可愛いキャラクターの世界だと思う。

でも、私は昔からナガノさんの作品にある、闇感の印象がきつい。ちいかわも、もぐらコロッケも。

可愛い顔をしているのに、急に怖い。

のんびりした世界のようで、よく見るとかなり残酷。

一見ほのぼのした世界の中で、弱いものは消える。必死に働かなければならない。突然理不尽な目に遭う。そういうものが、ふっと出てくる。

今回の映画を見ていても、やっぱり思った。ちいかわは、相変わらずホラーと切なさのストーリーだ。

 

化け物が出るから怖い、ということだけではない。

人間の汚いところ、欲、ずるさ、だまし合い、逃げられない感じ。

そういうものが、可愛い絵の奥に普通にある。

その怖さを見ていた時、なぜか昔の仕事のことを思い出した。

 

私は長く、カウンセリング、精神保健の仕事に関わってきた。

本来、カウンセラーとして働いていると、患者さんの自宅に直接行くことは多くない。

ただ、提携している精神障害者の方のデイサービスや、訪問看護の方と一緒に動くことがあり、その流れで安否確認に同行することが何度かあった。

なぜか私は、亡くなっている方を発見する場面に何度も立ち会った。

同僚の中には、一度もそういう経験がない人もいる。

でも私は、新人の頃から何度もあった。

一番印象に残っているのは、新人の時だった。

ある患者さんが、通っているデイサービスに来ていない。連絡も取れない。

施設の職員さんが自宅へ様子を見に行くことになり、私はたまたま時間があったこともあり訪問の勉強のためと、一緒に行くことになった。

会ったこともない方だった。

それでも安否確認ということで、二人でその方の家へ向かった。

古いアパートだった。建物に近づいた時点で、明らかに異臭がした。

鼻にまとわりつくような、強烈なにおいだった。

その時点で、嫌な予感しかしなかった。

大家さんにに鍵を開けてもらい、ドアを開けた瞬間、何百匹もの虫が一斉に動いた。

部屋の中は暗く、空気が重かった。

奥へ進むと、その方はすでに亡くなっていた。

体の輪郭が分かるほど、虫が集まっていた。わずかに見えた緑色に変色した手足の色が、今でも記憶に残っている。

警察に連絡し、第一発見者としてアパート前で色々聞かれた。遺体を運ばれたあと、ではお部屋のことをお願いしますと警察に言われ

「え?なんで僕が部屋の電気消して鍵を閉めなあかんの?」と思いながら部屋に上がると、遺体の形に畳が変色し、蛆虫がたくさんいました。

新人の自分には、あまりにも強烈な匂いと光景だった。

 

それ以外にも、何度か似たような場面があった。

お風呂場で亡くなっていた方。座ったまま亡くなっていた方。自ら命を絶ったと思われる方。

電気がついていない真っ暗な広いマンションの奥で、トイレに明かりがついていた。トイレの前にスリッパが置かれていた。

「いやいや、やめてー」と思いながら、怖いけど開けるしかない。

その方はトイレから崩れ落ち、前のめりになって亡くなっていました。

ドアを開ける瞬間、あんなに怖い瞬間はないと思う。

 

私はかなり怖がりだ。お化け屋敷で腰を抜かすほど怖がりだ。

暗い場所もめちゃくちゃ苦手だし、怖い話も無理。

それなのに、なぜかそういう時に限って、自分が現場にいた。

ドアを開ける役ばかりだった。大家さんは開けてくれるけど中に入ってくれない。

たまたま同行者が女性であり、なぜか私が開けなければならないことにばかりであった。

 

ちいかわを見ていて思い出した怖さは、化物や、幽霊の怖さではない。

もっと現実的な怖さだ。

昨日まで生活していた部屋。脱いだままのスリッパ。ついたままの電気。誰かが使っていた布団。途中で止まった生活。

 

人は、突然いなくなる。

そして、その人がいなくなった後も、部屋には生活の跡が残っている。

ちいかわの世界も、可愛い顔をしているけれど、どこか現実に似ている。

笑って見ていたはずなのに、急にぞっとする。

「一見、平和な生活に見えてるが、誰もが急にいなくなる現実」

それは、仕事で見てきたものと、どこかでつながっているのかもしれない。

 

パニック障害、楽しく笑う毎日に。

元親友との関係を手放してから、1週間がたった。
正直、ビックリするくらいに気が楽になっている。肩こりも改善した。
それまでは、こちらの話をしても否定されたり、流されたりすることが多かった。旅行の話をすれば「目的がない旅だね」と言われ、FIREの話をしても、「それ金だけやし。夢でないし」と冷たく受け取られる。こちらは相手の事情を考えて、何とか前向きに返していたつもりだった。
でも、決定的だったのは、もう一人の親友が脳梗塞になったと伝えた時だった。既読にはなったけれど返事はなく、次に来たのはまったく別の映画の話だった。3人は同じ大学だった。
その時、ああ、この人はもう違うなと思った。なんでこんな奴になったのか。
怒りというより、呆れ。
いつまでもこちらがニコニコしていると思うなよ。
そんな気持ちになった。
LINEではっきり気持ちを伝えて、それから一切送らなくした。もちろん向こうからも何も来なくなった。


その後に会った人たちとの時間が、ビックリするくらいにとても楽しい。

親友は3人から2人になった。減ったと思ったら、心の余裕ができ、人との交流が増えた。

信頼がある元同僚ともあった。新しい出会いもあり、早々に次回の飲み会の約束もした。
脳梗塞で入院していたボクシングの親友とは、お酒は無しでも、最後まで笑って話せた。本当に楽しかった。後遺症も無く本当に良かったー。
今は広島の親友のところに来ている。私が来ると分かって、瀬戸内海の海のうなぎや魚を仕入れてくれていた。漁師の息子で料理人。凝った料理ではなく、ただ煮たものや焼いたもの。でも、それが信じられないくらい美味しい。
日中はほとんど出歩かず、宿の温泉に入り、近所でコーヒーを飲み、昼と夜は親友の店でご飯を食べる。

それだけなのに、ものすごく心地いい。
やっぱり人は、ニコニコできる人、尊敬できる人、安心できる人と一緒にいないとだめになるのだと思った。自分を落ち込ませる人と付き合うメリットは、全くない。メリットがあることもあると思うが、私にはもう必要ない。
人を信じることは大事だと思う。
でもその前に、自分が機嫌よく生きていないと、どんどん削られていく。
人生はそんなに長くない。修行なんてしなくてもいい。
これからは、大事な人とだけ一緒にいる。そして笑い合い、ちゃんと楽しく過ごす。


元親友から連絡があっても、もう返事はしない。
冷たいかもしれないけれど、気持ちはもうそこで終わった。


今は、広島の小さな宿で、温泉に入って、親友の店が空いたよという連絡を待っている。
今日も楽しく、最高な1日で終わる。こういう時間を大事にしたい。


さあ、今のうちにお風呂に入ってこよう。

皆さんは、これからの人生を誰と笑って過ごしたいですか?

パニック障害、無敵の人?そんな怪物はいない。

私はテレビを観ることが少ない。ネガティブなニュースばかりで嫌になるから。

でも、最近たまたまつけたテレビで、「無敵の人」という言葉を見た。殺人予備の疑いで捕まったと。

失うものがない人。

社会から孤立した人。

生活が苦しく、将来に希望を持てなくなった人。

そういう意味で使われているのだと思う。

もちろん、そこに至るまでの苦しさがあることは分かる。

仕事がうまくいかない。

人間関係がうまくいかない。

生活が苦しい。

誰にも分かってもらえない。

世の中への怒りがたまっていく。

そういう気持ちを、私は相談の現場で何度か聴いたことがある。

昔、いわゆる「無敵の人」と呼ばれそうな状態に近い人をカウンセリングしたこともある。

 

その人は、自分は陥れられた、世の中がおかしい、自分ばかりが損をしている、というような話をしていた。

怒りも強かったし、投げやりな感じもあった。

私は、話を聞きながらも、間違っていることは間違っているとハッキリと伝えた。

そして、今思えばかなり踏み込んだ聞き方だったと思うけれど、こんなことを聞いた。

「誰かを傷つけ発散したいと言っていますが、明らかに悪いことをしている暴力団の事務所等に行き、正義の味方みたいにやっつけることも考えているんですか?」

すると、その人はすぐに言った。

 

「え、だって怖いから」

その時、正直に言うと、私は心の中で「なんじゃそれ。んなアホな」と思った。

 

怖い相手は怖い。

反撃してくる相手は避ける。

でも、たまたまそこにいる人や、老人や子どもや、弱そうな人には怒りが向く。

それは、本当に「誰でもよかった」のだろうか。

その人は「陥れられた」とも言っていた。

それなら、その相手と話し合うとか、どうしてそうなったのか確認するとか、これからどうすればいいのか一緒に考えるとか、そういう話になるはずだと思った。

でも、そういう話をすると、「顔も見たくない」と言う。

原因を確認することはしない。

相手と向き合うこともしない。

怖い相手のところにも行かない。

けれど、ムシャクシャするから、そこら辺にいる人に何かしてやろうか、というような話になる。

 

私は、その時に「話が通らないな」と感じた。

もちろん、苦しさがあることは分かる。

怒りがたまることもあると思う。

自分の人生がうまくいかず、どうにもならない気持ちになることもあるのだと思う。

でも、それを何の関係もない人に向けていい理由にはならない。

私はその人に、こういうことを伝えた。

「その人にも人生があります。あなたに未来を消されることになる。それはおかしいでしょう」

そして、そんな方向ではなく、これから自分がどう生きるのか、自分の未来をどう作っていくのかを一緒に考えましょう、と話した。

 

でも、その人はあまり良い顔をしなかった。

その時、私は思った。

これはカウンセリングだけで抱える話ではないかもしれない、と。

気持ちを聞くことは大事だ。苦しさを整理することも、これからの生活を一緒に考えることも大事だ。

でも、「ムシャクシャする」「誰かに向けてしまいそうだ」というところまで来ている時、それを相談だけで受け止め続けるのは危ない。

私は、主治医につなぐ必要があると判断した。

 

この経験があるから、私は「無敵の人」という言葉に、ずっと違和感がある。

本当に無敵なのだろうか。

怖い相手は避けている。

反撃されそうな場所には行かない。

自分を傷つけたという相手にも向き合わない。

でも、関係のない人には怒りを向ける。

それは無敵ではなく、相手を選んでいるのではないかと思う。

私は、しんどい人を切り捨てたいわけではない。

孤立している人、生活に困っている人、精神的に追い詰められている人には、支援が必要だと思っている。

でも、苦しかったことと、無関係の人を傷つけることは別の話だ。

被害にあう人には、何の関係もない。

その日、たまたまそこにいただけの人の未来が奪われる。

その家族の人生も壊される。

「誰でもよかった」という言葉で、そこを曖昧にしてはいけないと思う。

本当に誰でもよかったのではない。

実際には、怖くない相手を選んでいる。

反撃されにくい相手を選んでいる。

そう感じてしまう。

支援が必要な人に支援を届けることは大事だ。

でも、暴力にははっきり線を引かないといけない。

しんどいことは、他人の人生を奪っていい理由にはならない。

「無敵の人」という言葉は、どこかその人を大きく見せてしまう。

でも私は思う。無敵なのではない。

怖いものは怖いし、きちんと相手を選んでいる。

そして、関係のない人を巻き込んでいる。

そのことを、もっとはっきり言っていいのではないかと思う。

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お気に入りのイタリアンのランチがセット、2,680円になってる。ぎゃー。

前菜が豪華なので、元々1,800円したのですが、もう行けない。

パニック障害、人間関係で気がつく。

長い付き合いの人がいる。
このブログに2回ほど書いた親友。
何度も会ってきた人。
つらい時期にも、人生の節目にも、なんとなく近くにいた人。
だから、いつの間にか思い込んでいる。
この人は大事な人だ。
この人は分かってくれている。事情を知っている。あの時の気持ちを知ってくれている。
この人は、自分のことを見てくれている。
でも、ある時ふと思う。


あれ?本当にそうだろうか。
その人と会った時、自分は何を話しているのだろう。
自分の悩みを聞いてもらっているのか。
自分の変化を喜んでもらっているのか。
自分の人生の大事な話を、ちゃんと受け取ってもらっているのか。


相手の悩み。
相手の不満。
相手の夢。
相手の怒り。
相手のこれから。
僕は、元カウンセラーであり、それを聞いて、受け止めて、励まして、前向きな言葉を返す。

あれ?


怖いのは、相手が悪い人だったかどうかではない。
自分が、その関係の形に気づけなくなることだ。
「そばにいてくれた人」だと思っていた。
でも、記憶をたどってみると、少しずつ違う。なにか違う。


あの時、自分は何を聞いてもらったのだろう。
あの日、自分の話をどこまで受け止めてもらったのだろう。
本当に一緒に悲しんでくれただろうか。
本当に一緒に喜んでくれただろうか。


思い出せるのは、自分が相手の話を聞いていた場面ばかりだった。
相手の感情を受け止めていた記憶。
相手の夢を応援していた記憶。
相手のしんどさを、何度も聞いていた記憶。


あれ?自分はどうだったのか。
自分の話は、どこにあったのか。共感や励ましてくれている言葉や姿が思い出せない。


そこに気づいた時、少し背中が冷たくなった。
その人は、本当に自分の隣にいたのだろうか。

長さは、関係の深さを保証しない。
「同僚」「恋人」「夫婦」「親友」等という言葉も、相手が自分を見てくれている証明にはならない。
本当に大事な人は、こちらの喜びを小さくなどしない。
変化を茶化さない。
人生の大事な出来事を、意味のないもののように扱わない。


あなたの大事な人は、あなたの話を聞いていますか。
あなたの喜びを、ちゃんと喜んでくれますか。
あなたが変わった時、その変化を大事に扱ってくれますか。

ようやく気づいた。

 

自分がずっと、その人を見ていただけだった。

 

今日はスタバでワッフル。親友から知人になり落ち込んでいます。

明日はマッサージでも行こう。病み上がりでしんどいけど。

パニック障害、先輩の急死の知らせと熱発に泣く。

金曜日の昼、先輩が亡くなったと連絡があった。

僕は、体調があまり良くなく、横になっていたのだけれど、夜のお通夜にはどうしても行きたかった。あまりにも急すぎて、まだ実感が追いつかなかった。

先輩には若い奥さんと三人の息子さんがいる。今年、一番下の息子さんが大学に入ったばかりだと聞いた。先輩は昔から息子さんたちのことをよく自慢していた。

「俺に似合わず、みんな優秀や」そんなふうに笑っていた顔を思い出す。三人とも国立大学に進んだと聞いて、本当に誇らしかったのだと思う。

亡くなる前、先輩はターミナルに入った。それまではずっと仕事を続けていたらしい。奥さんは、子どもの学費や家のローンがまだ少し残っていて、もう少し楽をさせてあげたかった、と話されていた。

その言葉が、ものすごく胸に残った。

お通夜には、学生時代の先輩の同級生や後輩たちも来ていた。会社の人たちもいた。ただ、その場で会社の人の数名が、同じ職場の愚痴で盛り上がっていたり、ワールドカップの話をしている人たちもいて、少し不思議な気持ちになった。

やはり仕事仲間の中で、本当の友人や親友を作るのは簡単ではないのかもしれない。

もちろん人によるのだろうけれど、少なくとも私は、学生時代の友人や先輩たちの前で流れている空気の方が、ものすごくあたたかく感じた。

 

先輩は、入院中に学生時代のアルバムを見ていたそうだ。

先輩は、学生時代の写真をきちんとアルバムに貼り、一枚一枚に言葉を残してくれていた。

私が写っている写真の横には、

「こいつ、めっちゃいいやつ。」

と書いてあった。

その言葉を見た時、涙より先に嗚咽がでた。初めて人前で号泣した。この文章を打ちながらまた泣いてる。

 

 ある体育祭の日、応援団代表の男子は上半身裸になることになった。私は本当に学生時代は自分の見た目をからかわれることが多かった。

本当に女性と間違われることが非常に多かった。

今回上半身ハダカなんてなってしまったら、「おいおい女子が裸やぞ」とか、わざと抱きついてきたりするやつが絶対にいる。そのことが、本当にいやでいやで仕方がなかった。でも帰りにその先輩は察してこう言ってくれた。

「俺な、当日ふんどしになるわ。先生や皆をびっくりさせたる。お前も頑張れよ」

実際、ふんどし姿で運動場を駆けまくる先輩の姿を見て皆で大笑いした。私も大笑いしてしまった。誰にもからかわれることなく、応援団を堂々とやりきった。

先輩は、そんな人だった。

私は、こんな人と知り合えて本当に良かったと思った。同時に、なぜ今まで会社の嫌な人や、どうにもならない人間関係のことばかり考えて、この人たちに会おうとしてこなかったのだろうと後悔した。

お通夜の場で、何十年ぶりに会った先輩や後輩に声をかけ、LINEを交換した。もう、会える人には会っておきたいと思った。

好きな人。気の合う人。尊敬できる人。会うと自分が少し良くなるような人。

そういう人たちを、もっと大事にしていけばよかった。

仕事をしていると、自分を嫌う人に嫌われないように、うまく立ち回ることばかりに力を使ってしまう。けれど、自分を大事にしてくれない人のことを考え続けるのは、あまりにももったいない。

推し活で好きなものを追いかけるように、人生で出会った「この人はすごい」と思える人を、もっと素直にリスペクトして、ついていけばよかったのかもしれない。

お通夜の後、喉の痛みと関節痛がひどくなった。昨日と今日は熱が39度近くまで上がり、起き上がるのもつらかった。ブログを見ることも、スターをつけることもできなかった。

先輩のことがショックで熱が出たのか、ただの風邪なのかはわからない。ただ、こういう体調不良が人生の予定を簡単に止めてしまうこともあるのだと、あらためて思った。

予定していた香川県行きも、残念ながらすべてキャンセルすることになった。

それでも、FIREしていて良かったと思った。無理やり仕事に行かなくていい。誰かにうつさないように、家で休んでいられる。

カロナールを飲んで、今は一時的に熱が37度台まで下がっている。だから、こうして書けている。たぶん、また数時間後には熱が上がるのだと思う。

先輩、ありがとうございました。

お通夜でも、昔のアルバムでも、そして今回の別れそのものでも、先輩にはまた大事なことを教えてもらった気がします。

いい人は早く死んでしまう、という言葉がある。

本当かどうかはわからない。でも、少なくとも私は、いい人が死んでしまってから後悔するのは、もう嫌だと思った。

だからこれからは、会いたい人に会う。大事にしたい人を大事にする。自分を雑に扱う人ではなく、自分の心をあたためてくれる人の方を向いて生きていきたい。本当に心から思った。

先輩、本当にありがとうございました。

なんとか夕食を食べに行けました。With Greenというサラダの店です。

野菜嫌いな私でも美味しく食べれます。お勧めです。

 

パニック障害、え?あなた芸能人だったの?

僕は、芸能界にかなり疎いです。
昔の芸能人やなら、まだ何となく分かります。
でも、最近の俳優さん、女優さん、アイドル、ミュージシャンとなると、かなり、全くわかりません。
ドラマもあまり見ません。歌番組はたまに見ますが、アイドルのグループの女の子は皆、同じに見えます。
なので、カウンセラー時代に、患者さんで若い方から「仕事は主に舞台をしています」と言われると、僕の頭の中では、だいたい「定職につかず、夢を追っている苦労している人」と変換されてしまいます。
本当に失礼な話ですが、全く悪気はありません。

 

 仕事で人の話を聞くとき、僕はその人の生活状況や体調、場合によっては、詳細な家族関係、仕事のことなどを確認していました。
いわゆるアセスメントです。
もちろん、仕事の内容が今の困りごとに深く関係していそうなら、そこは詳しく聞きます。
でも、そこまで関係なさそうなときは、だいたいで受け取ることもあります。
「舞台をしています」
と言われても、「そうなんですね。経済的などの困りごとや、日々のメンタルは大丈夫ですか?」という感じです。
今思うと、夢がありませんね。

ある方のカウンセリングが一段落し、メンタル面も少し安定して、「ひとまずここで終わりにしましょう」ということになったあとでした。
その方が、笑いながら言いました。

「私、結構有名なんですけど。ずっと、ご存じない感じですよね?」と言われました。
そこで初めて知りました。
え?芸能人?それで給料もらっているのですか?(舞台をしてるって趣味ではないのか…)
本当にこんな反応でした。プロフィールを見せてもらいました。
たぶん、知っている人が見れば「え!嘘!あの人?」となるような感じなのだと思います。
でも、僕には分かりません。知らないものは知らないのです。
ただ、その方はこう言ってくれました。「変な先入観や興味で見られなかったから、それがよかったです」
それを聞いて、少しほっとしました。
もし最初から有名な方だと知っていたら、僕はたぶん変に緊張していたと思います。
失礼なことを言ってはいけないとか、週刊誌でのことは本当なのか?共演者のサインを貰ってきてくれ等、余計なことを考えていたかもしれません。

でも、睡眠のことを聞き、体調のことを聞き、仕事の負担を聞く。
相手が有名でも、有名でなくても、結局そこは同じです。人気があっても、眠れないときは眠れません。
華やかな仕事をしていても、しんどいときはしんどい。画面の中でキラキラしている人にも、日常があります。
そこを見ていたという意味では、僕の芸能界への疎さも、少しは役に立ったのかもしれません。


ただ、後から考えると、やっぱり自分でも疎すぎて笑ってしまいます。
カウンセリングが終わったあとに、たまたま歌番組をつけたら、患者さんが画面いっぱいにものすごい笑顔で映っていたことがありました。

しかも、めちゃセンターで歌ってる。
「え!この人、いつも相談室で話してる人やん。僕の前でいつも号泣してる人や」と、テレビの前で固まりました。

 また別の日、なんとなくドラマを見ていたら、担当していた方が刑事になっていました。落ち込みがひどく、さんざん励ましていた方でした。
その方は、テレビの中で事件を追い、犯人を励ましていました。


人間の切り替わり方がすごいです。
僕はソファでぼんやり見ているだけなのに、向こうは画面の中で歌ったり、踊ったり、走ったり、犯人を追い詰めたりしています。
世の中には、こちらが知らないだけで、いろんな顔を持っている人がいるのだなと思いました。
もちろん、個人情報保護がありますので、誰かは言えません。
名前も、作品名も、詳しいことも書けません。
ただ、それ以前の問題として、僕が知らなさすぎて、そもそも説明できなかった可能性もあります。
「芸能人の人がいてね」
「誰?」
「よくわからないけど、NHKで出てたらしいよ。しらんけど」
これで終わりです。

守秘義務以前に、知識がありません。
結果的に、これが一番安全だったのかもしれません。


肩書きというのは、けっこう厄介です。
芸能人と聞くと、こちらは勝手に華やかな人だと思ってしまいます。
有名だと聞くと、自信がある人だと思ってしまいます。人気があると聞くと、悩みが少ない人のように思ってしまいます。
でも、そんなことはありません。
人は、仕事の名前だけでは分かりません。
舞台に立っていても、テレビに出ていても、歌番組でアップになっていても、刑事役で走っていても、その人にはその人の不安や生活があります。
逆に言えば、僕がその世界を知らなかったからこそ、肩書きの手前で止まらずに済んだのかもしれません。
とはいえ、もう少し知っていてもよかったとは思います。
本人から「結構有名なんですけど」と言われて初めて気づくのは、さすがに鈍すぎますね。


そして何となくあれ?この人誰かに似てる?どこかで見た顔?と気づいたときにはカウンセリングが終わっています。
もったいないと思うかも知らないですが、だって知らないんだもんてな感じでした。


その人は、こちらが知らないだけで、誰かにとってのスターかもしれません。
そして、たとえスターであっても、そうでなくても、目の前では一人の人です。
そこだけは、忘れないようにしたいと思います。

もう、カウンセラーを辞めたので、もうこんなことはないと思いますが。

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今日のランチは、心斎橋にあるSOUP STOCK TOKYOのスープセットにしました。

テレビの歌番組でセンターで歌っていた方に教えていただいたお店のお勧めメニューです。

美味しくて体に良さそうなのですが、僕には全然…量が足りません。

パニック障害、旅のあとに届いた三つの知らせ

 稚内旅行から帰ってきて、しばらく僕の頭の中には右足の痛みが残っていました。

宗谷岬で足を痛め、たった一歩歩くことがこんなに大変なのかと思いました。普段なら何も考えずにしていることが、急に一つ一つ大仕事になりました。

足が動かないだけで、旅はこんなにも不自由になるのか。そんなことを考えながら帰ってきました。

 

ただ、僕はどこか楽観的な人間でもあります。怪我をした直後は「終わった」と思ったのに、少し良くなると、すぐに「次はどこへ行こうか」と考え始めていました。足はまだ痛いのに、頭の中では次の旅が始まっていました。

ところが、そんな呑気な未練に浸っているところへ、旅のあとに三つの知らせが届きました。

 

一つ目は、がんで療養している先輩のことでした。

北海道へ行く前に会ったときは、まだ冗談を言えていました。それが帰ってきて面会に行こうとすると、体調が悪く、本人が面会できない状態だと聞かされました。吐き気が強く、今後も面会できるか分からない。家族もかなり疲れているようでした。

ほんの少し前まで会話できていた人が、急に遠いところへ行ってしまったような気がしました。

 

二つ目は、親友のことでした。

北海道のお土産を渡そうと思って連絡をしたのですが、返事がありませんでした。あとで分かったのは、脳梗塞で入院していたということでした。

突然うまく話せなくなり、そのまま病院へ行って入院。スマホを触ることも難しく、LINEも打てなかったそうです。今はほぼ良くなったと言われましたが。

最近もトライアスロンに挑戦しており、ボクシング仲間です。僕の中では、健康そのもののような存在でした。

その人が、ある日突然、言葉を失う。これはかなりこたえました。

 

三つ目は、昔の職場の後輩からの連絡でした。

とても綺麗で、愛嬌があって、明るくて、小悪魔的で、どこへ行っても人に好かれるような人でした。

久しぶりにLINEが来たので、僕は勝手に、また何か華やかな報告でもあるのかと思いました。もしかして二回目の結婚か。しかもまた医者か。そんな失礼な想像をしていました。

ところがぼくが、「ひさしぶりやな。電話できるなら電話で話そう」とLINE送ると、「電話はしないでください。LINEでお願いします」と返ってきました。

その時点で、いつもの雰囲気ではないことが分かりました。

がんになって手術をしたとのことでした。乳がんで、片方の乳房を全摘出したと。

看護師として治療などの覚悟はできていたけれど、気持ちがついていかない。会ったら泣いてしまうし、迷惑をかけてしまう。

そう言われました。

僕は長く、人の話を聞く仕事をしてきました。カウンセリングを、何年もしてきました。

でも、こういうときに気の利いた言葉なんて出てきません。

「大丈夫」とは書けない。「頑張って」も違う。「分かる」なんて、もっと違う。

 

その体になった人の怖さや悔しさは、本人にしか分かりません。

こういう話を書くと、急に人生訓のようにまとめたくなります。でも、人間はそんなにきれいにまとまりません。

 僕は今日も普通に近所でランチを食べました。サッカーも見ました。ランチを食べながら、「ここのうどんは美味しいな」と思い、サッカーを見ながら、素人のくせに「勝ってるけども、もっと攻めろよー」とか思っていました。

 

その間にも、先輩は吐き気に苦しんでいるかもしれない。親友はリハビリをしているかもしれない。後輩は鏡を見ることすらつらい時間を過ごしているかもしれない。そう思うと、自分が普通にご飯を食べていることすら、少し申し訳ないような気持ちになります。

でも、結局僕は食べます。

どれだけ大事な人が苦しんでいても、お腹は空きます。悲しみながらも、たぶんちゃんと食べます。

人間とは、なかなか勝手で、そして現実的な生き物です。

 

苦しみに寄り添いたいとは思います。けれど、ずっと病室の横にいることはできません。苦しみを半分引き取ることもできません。相手の人生を、こちらが代わりに生きることもできません。

人は誰かを心配しながら、自分の昼ご飯のことも考えます。誰かの病気に胸を痛めながら、自分の明日の予定も考えます。

きれいではありません。でも、それが人間なのだと思います。

 

僕はパニック障害を長く患っています。

今は旅行ブログを書けるようになり、元気そうに見えるかもしれません。稚内へ行来ました。プレミアムクラスに乗った、ウニ丼を食べた、スープカレーがおいしかった。

でも、昔の僕は旅行どころではありませんでした。

ただ部屋で座っているだけで心臓がバクバクしていました。自分の体が上下左右に勝手に揺れているような感覚になり、テレビを見ることもできませんでした。寝ていても目が回り、起きていても落ち着かず、何をしていても心が休まりませんでした。ひどい悪夢を二十四時間見ているような感じでした。

旅行どころか、起き上がることすら怖い時期もありました。

それでも働かないといけませんでした。家族がいて、生活があって、自分が倒れるわけにはいかない。目が回るような状態で、笑顔を作って、人の相談を聞いていました。

ぐるぐるバットをしたあとに、みんながフラフラして転んで笑うような場面があります。僕の場合は、あのフラフラがずっと続いているような状態でした。

でも、転べません。笑えません。仕事中です。目の前には相談者がいます。

自分の中では世界がぐるぐる回っているのに、外側では普通の顔をして「それは大変でしたね」と言っている。

今考えても、なかなかの芸当です。

 

もしあの状態が一生続いていたら、僕は旅行どころか、このブログを書くことすらできなかったと思います。もしかしたら、つらさに耐えきれず、人生を自分で終わらせることを考えていたかもしれません。それくらい、あの頃はしんどかったです。

 今は薬にも助けられ、時間にも助けられ、「なぜあんなにドキドキしていたのだろう」と思えるところまで回復しました。

もちろん、完全に治ったわけではありません。今回の帰りのように飛行機の真ん中席は今でも怖いです。パニックが出ないように薬を飲み、目を閉じ、気絶気味にやり過ごせました。

だからこそ、今回の三つの知らせは重く感じました。

 

僕は薬や時間や周りの助けで、少しずつ動けるようになった。けれど、別の誰かは今まさに病気の中にいる。

 

人はいつでも、いつもの日常から病院のベッドの上へ、心配する立場から心配される立場へ、あっという間に移ってしまうことがあります。

その境目は、自分が思っているよりずっと薄いのだと思います。

稚内で足を痛めたとき、僕はその境目を少しだけ踏みました。

足を引きずるだけで、世界が変わりました。道路の段差が怖い。店の入口が遠い。空港の列がつらい。人の目が気になる。

障害のある人に優しい社会という言葉はよく聞きます。けれど、現実はきれいではありません。

道路はガタガタです。段差はあります。困った顔をしていても、みんなが助けてくれるわけではありません。

身体の障害も、精神の障害も、まだまだ見えない壁があります。

僕はパニック障害があります。外から見えない不自由さがあることは、少しは分かっているつもりでした。

でも今回、足を痛めて、また別の角度から思い知らされました。

 

動けるうちに動いた方がいい。

これは明るい旅行の宣伝文句ではありません。かなり現実的で、少し怖い言葉です。

「またいつか」と棚に上げずに、まず本当に行けるのか調べてみる。久しぶりに会いたい人がいるなら、相手の負担にならない程度に、元気かどうかだけでも連絡してみる。食べたいものがあるなら、胃もたれしない範囲で、できれば翌日の予定も考えながら食べに行ってみる。

そのくらいのことで、かなり地味です。でも、僕にとってはそれでも十分に前のめりです。

稚内旅行から帰ってきて届いた三つの知らせは、僕に「また今度」が必ずあるとは限らないことを教えてくれました。

病気は、こちらの予定に合わせてくれません。気持ちの準備も待ってくれません。突然来ます。

 近所でランチを食べながら、先輩のことを考える。サッカーを見ながら、親友のことを考える。旅行の予定を調べながら、後輩のことを考える。

そして、そのたびに少し落ち込んで、でもまたお腹が空いて、ご飯を食べるのだと思います。

立派な答えはありません。

ただ、生きている間に、できることを少しずつしておく。

今の僕には、それくらいしか答えが見つかりません。

 

お気に入りのうどん屋さんです。

でも、本場香川県のうどんはこれより美味しいのか。気になって仕方がありません。

しばらくは休憩し、台風などの様子を見ながら、突撃する予定です。