パニック障害で人生右肩下がりだったけど少しずつ上がってまいりました

私自身がパニック障害でHSPです。約30年カウンセラーをしてきました。現在は退職しFIRE生活をし、自分の人生を取り戻し、自分を雑にしない練習をしています。

パニック障害、一旗あげたいと急に思う。

 昨日の仕事帰り道、まだ明るい太陽を見ていると、不意に心の奥底から湧き上がる感情がありました。

「一旗あげたい。輝きたいな」

 なぜそんな言葉が急に浮かんだのか、自分でもわかりません。絞り出た辛い言葉ではなく、穏やかに前向きな感じで浮かんできたのです。

 今の私は、ようやく少しずつ“日常”を取り戻しはじめ、パニックの波に飲まれずに済む時間が増えてきました。この思いは、余裕がでてきたと言う事でしょうか…。

 旗を揚げるって、何だろうか。

 昇る旗は、いつか降ろす日がきます。

 輝くことはできても、輝けなくなる日がきて、また辛い思いをするかもしれません。

 でも、自分ならなにかできる。逆転がある。無意味な人生にしたくない。何か意味を残したい、痕跡を残したい。うぬぼれか、焦りか。

 昨夜寝る前に、自分の死ぬ過程を考えてみた。

病院で横になり、淡々と医療行為を受けている自分。

認知症になっていたら訳もわからなくて良いが、体だけが不自由でであったら…。

歳を重ねたからと、死ぬのが怖くならないはずはない。ベットの上で「怖い死にたくない」と必死に訴えても、医療関係者皆からはあきらめられた目で見らる。2度と回復しない自分。死ぬことを受け入れる事もなく、いつかわからない命が尽きるまで恐怖と戦うのかと思うと、怖くて怖くて。

 

 私は綺麗に燃え尽きたい。満足で一杯の笑顔で。

 できれば、美しく。

 そう考えると、「もう一旗あげたい」という衝動は、決して欲望や野心だけではなく、「生ききりたい」という願いに近いのだと思います。

 「自分の人生を、自分でつかんだ」と言える瞬間を、味わいたい。

 それが何なのか、具体的にはわかりません。何にたいして一旗あげたいのか。この祝日でゆっくり考えたいと思います。

皆さんはそんな事を考えることないですか?